２２（２）ダンテスの見入る島影

　２２（２）ダンテスの見入る島影(しまかげ)

2-22-2-1ジュヌ・アメリー号の船長は、ぜひ自分の配下（はいか）にダンテスほどの価値のある男を引き留めておきたいと思って、近く手にする利益（りえき）配当（はいとう）のなかから、いくらか前払（まえばら）いをしてやろうと申し出た。2-22-2-2ダンテスはその厚意（こうい）を受け入れた。2-22-2-3こうして、その理髪店（りはつてん）で最初の変身をやってのけたダンテスは、外へ出るなり、まず、とある一軒（いっけん）の店（みせ）にはいって、船員（せんいん）服（ふく）一着（いっちゃく）を買おうと考えた。2-22-2-4人も知るごとく、この服装はいたってかんたんなものなのだ。2-22-2-5それは、白ズボン、横縞（よこじま）のシャツ、それに赤い帽子（ぼうし）の三（みっ）つだった。

2-22-2-6こうした服装で、前に借（か）りたシャツとズボンとをジャコポのところへ返しに行きながら、ダンテスはジュヌ・アメリー号の船長の前に出て、これまでの物語をくり返さなければならなかった。2-22-2-7こうした華奢で小粋（こいき）な水夫（すいふ）を見た船長には、これがあの髯の深い、髪には海草（かいそう）がからまり、体は潮（うしお）でぐしょ濡（ぬ）れになり、裸（はだか）のまま死にかけているところを甲板（かんぱん）の上に救いあげてやった男とは、どうしても納得（なっとく）することができなかった。

2-22-2-8その人の良さそうな顔立ちに惹（ひ）かされた彼は、ダンテスに向かって雇用（こよう）契約の変更を申し出た。2-22-2-9だが自分としても計画のあったダンテスは、三ヶ月かぎりということでなければそれを引き受けようとはしなかった。

2-22-2-10それはそれとして、活動的な、時間を空費（くうひ）しない船長の命令下（めいれいか）におかれていたジュヌ・アメリー号の乗組員は、リブールヌ（リノルボ）に着いてまだ一週間（いっしゅうかん）になるかならないうちに、すでに膨（ふく）れかえった船腹（せんぷく）を、模様（もよう）モスリン、禁制品（きんせいひん）の木綿類（もめんるい）、イギリス火薬（かやく）や、税関（ぜいかん）の証印（しょういん）洩（も）れになった煙草（たばこ）などで一杯（いっぱい）にした。2-22-2-11これらすべてのものを自由港（じゆうこう）のリブールヌから積み出し、それをコルシカの岸におろすと、そこには投機（とうき）商人（しょうにん）がいて、それらの積荷（つみに）をフランスへまわすことになっていた。

2-22-2-12船は出た。2-22-2-13ダンテスはふたたび、彼がはじめて青春の望みを託したこの蒼碧（そうへき）の海、獄屋の夢であれほどしばしば夢みていた海を割って行った。2-22-2-14そして、右にはゴルゴンヌ（ゴルゴーナ島）、左にはピアノサ（島）を残しながら、パオリ（十八世紀におけるコルシカの志士）とナポレオンの祖国のほうへ向かって進んで行った。

2-22-2-15翌日（よくじつ）、いつものとおり朝早く甲板にあがって行った船長は、ダンテスが船壁（ふなかべ）に身をもたせながら、ふしぎなようすで、昇る朝日によって薔薇色（ばらいろ）にいろどられている花崗岩（かこうがん）質（しつ）の岩山（いわやま）に見入っている姿を見つけた。2-22-2-16それはモンテ・クリスト島だった。2-22-2-17ジュヌ・アメリー号は右舷（うげん）のほう、四分の三海里（1852 mX0.75＝１．４Ｋｍ）のところに島をながめて、コルシカへの道をつづけた。

2-22-2-18ダンテスは、自分の耳にあれほど強くその名の響いていたその島のそばを通りながら、このまま海に飛びこんだら、半時間後には、あの約束された土地に行きつくことができるだろうと考えていた。2-22-2-19だが、そこへ行ってなにをしようというのだ？2-22-2-20宝を探すための道具もなく、宝をまもるための武器もないのに。2-22-2-21それに水夫どもはなんというだろう？2-22-2-22船長はなんと思うだろう？

2-22-2-23時期（じき）を待とう。2-22-2-24さいわいにも、ダンテスは待つということを知っていた。2-22-2-25彼は十四年も待っていた。2-22-2-26いま自由になれた彼にとっては、富のため、六ヶ月、一年を待つことなどきわめて容易なことだった。2-22-2-27たとい富の伴わない自由であっても、それを与えるといわれて、はたして受けずにいられたろうか？2-22-2-28しかもその富たるや、まったく夢のようなものではなかったか？2-22-2-29あのあわれなファリア司祭（しさい）の狂った頭脳に生まれた富は、司祭とともに死んでしまったのではないだろうか？

2-22-2-30なるほど、あの枢機員（すうきいん）スパダの手紙だけは、ふしぎなほど正確だった。2-22-2-31ダンテスは心の内に手紙を初めから終りまでくり返してみた。2-22-2-32彼はその一字をも忘れなかった。

モンテクリスト伯（一）１８章「宝」
1-18-7-1ファリアは、燃えるような眼差しでダンテスを見つめていた。1-18-7-2「さ、」と、彼は、ダンテスが最後の行まできたのを見ながら言った。1-18-7-3「両方の断片を一つにしてみるがいい。1-18-7-4そして一人で考えてみるのだ」。1-18-7-5ダンテスはそのとおりにした。1-18-7-6二つの断片をよせ合わせると次ぎのような全文があらわれた。

1-18-7-7　『１４９８年４月２５日、法皇アレクサンドル六世猊下（げいか）
1-18-7-8　より午餐の御招待に接したるが、或いは金銭をもって予
1-18-7-9　に職を売りたまいしことをあきたらず思いたもうのあまり、予
1-18-7-10　の財産を押収し毒をもってたおれたるクラパラ並にベンテ
1-18-7-11　ボリオ両枢機員の轍をふましめたまわん御心なるやも計られず
1-18-7-12　ここにおいてわが包括相続者たる予が甥グイド・スパダ
1-18-7-13　にたいし、次の次第を書き遺さんとするものなり。
1-18-7-14　すなわち彼が予とともに訪れてよく知れる地点すなわち
1-18-7-15　モンテ・クリスト島の洞窟中に予は自己の所有に属する
1-18-7-16　あらゆる地金、金貨、宝石類、金剛石、宝玉の類を埋め
1-18-7-17　たり。この宝の存在を知るものは予のほかになく、その価格はおよそローマ２００
1-18-7-18　万エキュにのぼるべく、右を見出すために
1-18-7-19　は東の小湾より真直に数えて第２０番目にあたる岩を上ぐべく、
1-18-7-20　洞窟中には２箇の入口あり。宝は第２の洞のもっとも深き
1-18-7-21　隅にあり。彼をもって予の唯一なる相続人として、宝はすべて彼に
1-18-7-22　遺贈し、彼の全所有たらしむるものなり。
1-18-7-23　１４９８年４月２５日
1-18-7-24　セザール＋スパダ』

2-22-2-33夕方（ゆうがた）になった。2-22-2-34ダンテスは、夕暮のしめすさまざまな色合い（いろあい）によって島影が変ってゆき、やがてみんなの目から闇のうちに見えなくなっていってしまうのを見た。2-22-2-35だが獄舎の闇に馴（な）れていた彼の眼は、なおもそれをながめつづていた。2-22-2-36彼は一番（いちばん）最後（さいご）まで甲板に残っていた。

2-22-2-37翌日はアレリアの沖で夜が明けた。2-22-2-38船はその日（ひ）一日（いちにち）岸（きし）近（ちか）くを進んで行った。2-22-2-39そして夕方になると、海岸に灯（あかり）がともった。2-22-2-40これらの灯の位置によって、積荷（つみに）をおろしていいかどうかがわかるはずなのだった。2-22-2-41船の斜桁（しゃけた）には、旗（はた）の代（かわ）りに信号灯（しんごうとう）があげられ、そして、岸から、小銃（しょうじゅう）の射程（しゃてい）と思われるあたりまで近づいて行った。

引用者：2016/7/18　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義