２０（４）宙を落下する死体袋

2-20-4-1「どうしてどうして、軽いどころのさわぎじゃねえ！」。2-20-4-2担架（たんか）のふちに腰をおろし、ダンテスのそばに残っていた男が言った。2-20-4-3ダンテスの胸には、最初逃げるという考えが閃（ひら）めいた。2-20-4-4だが、それは幸いにして思いとまった。2-20-4-5「灯（あかり）を見せねえか、野郎（やろう）」。2-20-4-6あちらへ行った男が言った。2-20-4-7「それでなけりゃ見つからねえ」。 2-20-4-8お聞きのとおり、あまり丁寧（ていねい）なもの言いとは言われなかった。2-20-4-9角灯を持った男は、言いつけられたとおりにした。 2-20-4-10《何を探しているのかな？》と、ダンテスは心のうちにたずねてみた。2-20-4-11《『くわ（土を掘る農耕器具）』だな》。2-20-4-12満足したらしい声が聞こえた。2-20-4-13探していたものが見つかったのだ。2-20-4-14「やれやれ、」と、一人が言った。2-20-4-15「なかなか手数（てすう）のかかるこった」。2-20-4-16「そうよなあ、」と、一人が答えた。2-20-4-17「だが待たせたところで、亡者（もうじゃ）には損はかけないし」。2-20-4-18こう言いながら、彼はダンテスのそばへやってきた。 2-20-4-19ダンテスは、自分のそばに、重い、『ずっしり』した物の置かれる音を耳にした。2-20-4-20と同時に、一筋（ひとすじ）の綱（つな）が、足のまわりを痛いほどにしめあげた。2-20-4-21「どうだ！つけたか？」。2-20-4-22なにもしないでいた男がたづねた。2-20-4-23「しっかりつけた」と、相手が答えた。2-20-4-24「だいじょうぶ」。2-20-4-25「それでは出かけるか」。2-20-4-26担架はふたたび持ちあげられて道をつづけた。 2-20-4-27およそ五十歩（ごじゅっぽ）ばかり行ったころ、一つの門をあけるために立ちどまり、それから、またもや歩きつづけた。2-20-4-28ダンテスの耳には、上にこの城砦（じょうさい）をのせた岩にあたって砕（くだ）ける波（なみ）の響（ひび）きが、進むにつれてだんだんはっきり聞こえてきた。2-20-4-29「いやな天気（てんき）模様（もよう）だな！」と、一人が言った。2-20-4-30「こんな晩（ばん）には、海の上もたまるめえ」。2-20-4-31「そうよ、これで坊（ぼう）さんもずぶ濡（ぬ）れにならしゃるこったろうさ」と、相手（あいて）が言った。2-20-4-32そして二人（ふたり）はカラカラ笑った。 2-20-4-33ダンテスには、その洒落（しゃれ：じょうだん）がはっきりとはわからなかった。2-20-4-34それでいながら、彼の頭髪（とうはつ）は逆立（さかだ）った。2-20-4-35「よおし、いよいよきたぞ！」と、第一の男が言った。2-20-4-36「もっと先だよ」と、も一人が言った。2-20-4-37「いつかの奴（やつ）も途中（とちゅう）で引っかかって岩に砕（くだ）け、あくる日（ひ）典獄さんから、手を抜いたって怒（おこ）られたっけ」。 2-20-4-38上（のぼ）りになって四歩か五歩。2-20-4-39やがてダンテスは、頭と足とをつかまれて振りまわされているのを感じた。 2-20-4-40 「ひの、」 「ふの、」 「み！」。 2-20-4-41それと同時にダンテスには、自分がひろびろとした虚空（こくう）に投げ出されたのが感じられた。2-20-4-42そして傷（きず）ついた鳥といったように空（くう）を切って、胸を凍（こお）らせる恐怖と共に、下へ下へと落ちて行った。 2-20-4-43落下（らっか）を早めるなにやら重いものに引かれながら、彼には、落ちて行くのに一世紀（いっせいき）もかかったように思われた。2-20-4-44やがて彼は、恐ろしい音をたてて、矢のように、冷たい水に落ちて行った。2-20-4-45彼は、水にはいると同時に叫び声をたてた。2-20-4-46だが、その声も、たちまち水におしころされて聞かれなかった。2-20-4-47ダンテスは、海へ投げこまれてしまったのだ。2-20-4-48そして、足に結びつけられた三十六キロの重みのおかげで、底へ底へと引きずりこまれた。2-20-4-49海こそは、シャトー・ディフの墓場（はかば）なのだ。

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引用者：2016/7/10　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義