５２（１１）伯爵の ５２（１１）伯爵の
| 4-52-11-1「それはそのとおりでございましょうね」と、おなじような調子（ちょうし）で夫人（ふじん）が言った。4-52-11-2「わたくしのように神経質（しんけいしつ）で、すぐに気（き）が遠（とお）くなるようなものなど、アデルモンテさんのような方にお願いして、自由に息（いき）ができるような、そのうち息が塞（ふさ）がって死ぬのでないかというような心配（しんぱい）から逃（のが）れるため、なにかいい方法を発明（はつめい）していただきませんでは。4-52-11-3と申しましても、それまでのあいだ、それをフランスでと申したところで叶（かな）うはずはございませんし、またお話の司祭（しさい）さまが、わたくしのため、わざわざパリに来てくださるはずもございませんし、せいぜいブランシュさんの鎮痙剤（ちんけいざい）くらいでがまんしておくことにいたしませんと。4-52-11-4そうなりますと、薄荷（はっか）とホフマン水（すい）とは、わたくしにとって、とても大切（たいせつ）なものになりまして。 4-52-11-5ご覧（らん）ください、これがいつもこしらえさせている錠剤（じょうざい）なんでございます。4-52-11-6二錠分（にじょうぶん）を一つにしてあるのでございます」。4-52-11-7モンテ・クリスト伯は、夫人が出して見せた鼈甲（べっこう）の小箱（こばこ）をあけてみせた。4-52-11-8そして、素人（しろうと）ながらその道（みち）のことだけはわかるといったようすで、その匂（にお）いを嗅（か）いでみた。4-52-11-9「けっこうです」と、伯爵は言った。4-52-11-10「しかし、これでは嚥下（えんげ）しなければなりませんな。4-52-11-11気を失っている者には、それがむずかしいのでございまして。4-52-11-12わたくしの薬（くすり）のほうがいいと思いますな」。 4-52-11-13「そのとおりでございます。4-52-11-14ちゃんとその効能（こうのう）も拝見（はいけん）させていただきましたし、当然（とうぜん）そちらを選（えら）ぶのですが、おそらく秘宝（ひほう）というものがございましょうね？4-52-11-15おたずねいたしましては失礼（しつれい）にあたると思っております」。4-52-11-16「いや奥（おく）さま」と、モンテ・クリスト伯は言った。4-52-11-17「喜（よろこ）んでお教（おし）えいたしますよ」。4-52-11-18「まあ！」。 4-52-11-19「ただこのことだけは御記憶（ごきおく）願（ねが）わなければなりません。4-52-11-20つまり少量（しょうりょう）だけなら薬（くすり）になります。4-52-11-21しかし多量（たりょう）に召（め）しあがると毒（どく）になります。4-52-11-22ごらんのとおり、一滴（いってき）だったら息（いき）を吹き返します。4-52-11-23しかし五六滴（ごろくてき）となりますと、確実（かくじつ）に命（いのち）を落（おと）すことになります。4-52-11-24しかも、ガラスの器（うつわ）にはいっているので、味（あじ）が少しも変らずに、それだけ効果（こうか）がすごいのでして。4-52-11-25が、まあこれくらいにいたしましょう。4-52-11-26どうやら、お勧（すす）めしてでもいるようですから」。 4-52-11-27六時半（ろくじはん）が鳴（な）った。4-52-11-28そして、晩餐（ばんさん）の招（まね）きを受（う）けた一人の婦人客（ふじんきゃく）のきたことが伝（つた）えられた。4-52-11-29「もしも、これが二度目でなく、三度四度お目にかかっていますのでしたら、」と、ビルフォール夫人は言った。4-52-11-30「それに、御恩（ごおん）になったというだけでなく、お友だちにもさせていただいておりますのでしたら、今日（きょう）はぜひとも夕飯（ゆうはん）におひきとめしたいと存じますが。4-52-11-31一度（いちど）のお断（ことわ）りくらいでは、ひきさがらないつもりでおります」。4-52-11-32「御厚意（ごこうい）ありがとう存じます」と、モンテ・クリスト伯は答えた。4-52-11-33「あいにく、はずすことのできない先約（せんやく）がございまして。4-52-11-34じつは、友人（ゆうじん）であるギリシャの王女（おうじょ）から、まだオペラ座（ざ）を見たことがないから是非（ぜひ）連（つれ）れて行ってほしいと頼（たの）まれ、見せにいく約束（やくそく）をいたしました」。 4-52-11-35「それではどうぞ。4-52-11-36でも、どうか処方箋（しょほうせん）のことをお忘（わす）れなく」。4-52-11-37「忘れるどころか。4-52-11-38それを忘れるようでしたら、今日（きょう）うかがってお話ししたことを、すっかり忘れなければなりますまい。4-52-11-39そんなことなど、考えてさえもみられませんから」。4-52-11-40モンテ・クリスト伯は、会釈（えしゃく）してから出ていった。4-52-11-41ビルフォール夫人は。、なにやら思いに沈（しず）んでいた。4-52-11-42「なんだか不思議（ふしぎ）な人（ひと）だこと」と、夫人は言った。4-52-11-43「どうやらあの方（かた）の洗礼名（せんれいめい）が、アデルモンテというらしいわ」。 4-52-11-44一ぽう（いっぽう）モンテ・クリスト伯は、まさに予期（よき）以上（いじょう）の結果（けっか）をおさめることができたのだった。4-52-11-45「よし、」と、彼は出てゆきながら言った。4-52-11-46「地味（ちみ：Ｗｅｂ語源由来辞典：生産力から見た土壌の善し悪しも意味し、漢語では作物を育てるための土壌や、その土壌に出来た作物をいう）は上乗（じょうじょう：この上なく良い）。4-52-11-47種（たね）をおろしておいた以上、芽（め）が出ないというはずはないぞ」。4-52-11-48翌日（よくじつ）、伯爵は約束どおり、頼（たの）まれた処方箋を届（どど）けてやった。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
この本は、ささくら修道会の必読書
2017/10/23