４５（７）エデのパリ ４５（７）エデのパリ
| 3-45-7-1モンテ・クリスト伯は、あとに残（のこ）って、二足（ふたあし）三足（みあし）ふみ出しながら、「この篠懸（すずかけ：プラタナスの木）のそばには、」と、つぶやいた。3-45-7-2「子供（こども）が埋（う）められた穴（あな）がある。3-45-7-3あそこには、庭（にわ）に忍（しの）び入（い）った小（ちい）さな門（もん）がある。3-45-7-4あの角（かど）には、寝台（しんだい）へ上（あ）がる秘密（ひみつ）の階段（かいだん）がある。3-45-7-5これは、手帳（てちょう）に書（か）きつけておくほどのことでもあるまい。3-45-7-6おれの眼（め）の前（Ｍａｅ）には、おれのまわりには、おれの足（あし）の下（した）には、一つ（ひとつ）の図面（ずめん）がありあり浮（う）かび上（あ）がっているのだから。3-45-7-7生（い）きた図面があるのだから」。 3-45-7-8伯爵は、最後（さいごに『も』一度（いちど）まわってみたあとで、馬車（ばしゃ）のほうへもどって行った。3-45-7-9考えこんでいるような伯爵の姿（すがた）を見ると、ベルツッチオは、何も言わずに馭者（ぎょしゃ）の隣（とな）りの席（せき）に上（あ）がった。3-45-7-10馬車は、パリへ向（む）かって走（はし）り出した。 3-45-7-11その夜（よ）、シャン・ゼリゼーの家（いえ）に着（つ）くと、モンテ・クリスト伯爵は、すでに長年（ながねん）住（す）み慣（な）れた人といったように、家のなかを見てまわった。3-45-7-12彼は、どんどん先へ立って歩いていったが、ドアをあけちがえることもなく、階段（かいだん）をのぼるにしても、廊下（ろうか）をいくにしても、思っているところへちゃんと足を向けていたのだった。 3-45-7-13アリは、こうした伯爵の夜（よる）の見まわりの後（あと）に従（したが）って行った。3-45-7-14伯爵は、住居（じゅうきょ）の装飾（そうしょく）とか、室（しつ）の割当（わりあ）てとかについて、いろいろベルツッチオに命令（めいれい）を下（くだ）した。 3-45-7-15そして、時計（とけい）を出すと、そこに控（ひか）えているアリに向（む）かって、「もう十一時半だ。3-45-7-16追（お）っつけエデが着くだろう。3-45-7-17フランス人の侍女（じじょ）たちには、もう知らせてあったかね？」。3-45-7-18アリは、エデのために充（あ）てられた部屋（へや）のほうを指（さ）して見せた。3-45-7-19そこは、ドアが壁掛（かべかけ）でかくされていて、誰（だれ）か家を見てまわるものがあっても、そこが、人（ひと）の住居（じゅきょ）であり、そこに一つの客間（きゃくま）と二つの室があるなどと思われないほど、すっかり仕切（しき）ってあったのだった。3-45-7-20アリは、その住居の方（ほう）へ手をさし伸（の）べると、左（ひだり）の指（ゆび）で三（さん）の数（かず）を示（しめ）し、今度（こんど）はその手（て）を平（たい）らにして頭（あたま）に載（の）せ、眼（め）を閉（と）じて寝（ね）るふりをして見せた。 3-45-7-21「そうか！」、そうした言葉には慣（な）れているので、伯爵が言った。3-45-7-22「三人とも、寝室（しんしつ）に控（ひか）えているというわけだな？」。3-45-7-23「はい」と、アリはうなずいて見せた。3-45-7-24「奥（おく）さまは今夜（こんや）疲（つか）れているだろう」と、伯爵は言葉をつづけた。3-45-7-25「きっと寝（ね）たいにちがいない。3-45-7-26口（くち）をきかせないようにしてやらなければ。3-45-7-27フランス人の召使（めしつかい）どもは、新（あたら）しい御主人（ごしゅじん）の前（まえ）へいって、ただ御挨拶（ごあいさつ）をして引（ひ）きさがるだけにするのだ。3-45-7-28お前は、エデに、フランス人の侍女（じじょ）たちと話（はなし）をさせないように気（き）をつけるのだ」。3-45-7-29アリは、身（み）をかがめて辞儀（じぎ）をした。 3-45-7-30やがて、門衛（もんえい）を呼（よ）ぶ声（こえ）が聞（き）こえた。3-45-7-31鉄門（てつもん）が開（ひら）かれると、一台（いちだい）の馬車が、径（みち）の上をきしりながら、車寄（くるまよせ）のところへ来てとまった。3-45-7-32伯爵は、おりて行った。3-45-7-33すでに玄関（げんかん）の扉（とびら）は開かれていた。3-45-7-34伯爵は、金繍（きんしゅう）をほどこした絹（きぬ）の被衣（かつぎ：Ｗｅｂ辞書：女子が外出するときに衣を頭からかぶる風習のために作られたもの）を身にまとい、それで顔をかくしている一人（ひとり）の若（わか）い婦人（ふじん）のほうへ手を差（さ）し伸（の）べた。3-45-7-35婦人は、差し伸べられた手を執（と）ると、うやうやしく愛情（あいじょう）をこめてそれに接吻（せっぷん）した。 3-45-7-36二人は、何か二言（ふたこと）三言（みこと）語（かた）りあった。3-45-7-37婦人の声はやさしかった。3-45-7-38伯爵の声は、おだやかで、重々（おもおも）しかった。3-45-7-39そして、その言葉たるや、老（ろう）ホメロスが、神々（かみがみ）をして語らしめたような、いかにも響（ひび）きの高いものだった。3-45-7-40つづいて、紅蝋（べにろう）の灯（あかり）を捧（ささ）げたアリを先（さき）に立（た）て、その若い婦人−−−イタリーで、いつもモンテ・クリスト伯に侍（じ）していたあのギリシャの美女（びじょ）は、自分の住居（じゅうきょ）のほうへ案内（あんない）されて行（い）ったのだった。3-45-7-41そして、伯爵は、自分の住居のほうへ帰っていった。3-45-7-42十二時半、邸内（ていない：やしきうち）では、すべての灯火（とうか：ともしび）が消（け）されていた。3-45-7-43そして、すべての人々も寝（ね）しずまったらしかった。 −−−こうして伯爵の、長い五月二十一日が終った−−− |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/7/25