３９（３）一番目の客は ３９（３）一番目の客は
| 3-39-3-1十時十五分前になると、一人の下僕（げぼく）がはいって来た。3-39-3-2ジョンという名で呼ばれて、英語（えいご）しか話せず、アルベールにとってただ一人の、十六になる給仕（きゅうじ）だった。3-39-3-3もっとも普通（ふつう）の日には、母屋（おもや）の料理番（りょうりばん）を使うこともできたし、催（もよお）しごとでもあるときには、父の伯爵の召使（めしつかい）を使うこともできた。3-39-3-4ジェルマンという名の、若い主人（しゅじん）の信用（しんよう）を一身（いっしん）に集めていたこの下僕（げぼく）は、一束（ひとたば）の新聞（しんぶん）を持ってきてテーブルの上に置き、そして、一束の手紙をアルベールに渡（わた）した。 3-39-3-5アルベールはこのさまざまな手紙を気もなさそうに見ていったが、そのなかから、やさしい筆跡（ひっせき）の、香りゆかしい封筒（ふうとう）にはいったぶんを二通（にとお）り選（え）り出し、封（ふう）を切って、さも心惹（こころひ）かれたといったようすで読み下した。3-39-3-6「この手紙はどうしてきたんだね？」と、彼はたずねた。3-39-3-7「一通（いっつう）は郵便（ゆうびん）でまいりましたが、一通はダングラール夫人（ふじん）の下僕が持ってまいりました」。 3-39-3-8「ダングラール夫人に、桟敷（さじき）に御招待（ごしょうたい）いただきましたが、喜んでお受けいたします、とお伝えするように言ってもらおう・・・・ああ、ちょいと待った・・・・今日（きょう）、昼間（ひるま）のうちにローザのところへいってね、お招（まね）きにしたがい、オペラの帰りにごいっしょに夜食（やしょく）をいたします、と言ってほしい。3-39-3-9キプロス、ヘレス、マラガの葡萄酒（ぶどうしゅ）を取（と）り混（ま）ぜて六本（ろっぽん）、それにオスタンドの牡蠣（かき）を一樽（ひとたる）届（とど）けておくんだ・・・・牡蠣は、ボレルのところから持っていくといい、わたしが食べるんだからと念（ねん）をおしてな」。 3-39-3-10「お食事（しょくじ）は何時（なんじ）ごろにいたしましょう？」。3-39-3-11「いま、何時（なんじ）だね？」。3-39-3-12十時十五分前でございます」。3-39-3-13「そうか！十時半（じゅうじはん）『きっちり』に食べさせてくれ。3-39-3-14ドプレーは、役所（やくしょ）にいかなくてはならないだろう・・・・それに（アルベールは、手帳（てちょう）を調べてみた）五月二十一日、午前十時半、そうだ、たしかにその時間だ。3-39-3-15大（たい）してあてにはしていないが、自分だけは正確（せいかく）でありたい。3-39-3-16ところで、お母（かあ）さまはお目覚（めざ）めだったろうか？」。 3-39-3-17「見てまいりましょうか」。3-39-3-18「うむ・・・・リキュール（仏 ｌｉｑｕｅｕｒ：液体：アルコールに砂糖・香料などを加えた混成の洋酒）をくださるようにお願いしてくれ、3-39-3-19僕のところのは揃（そろ）っていないから。3-39-3-20そして三時ごろ、お居間（いま）に伺（うかが）って、さる人を御紹介（ごしょうかい）申しあげたいとお伝えしてくれ」。3-39-3-21下僕は出ていった。 3-39-3-22アルベールは寝椅子の上に体（からだ）を投げ出し、ニ三（に・さん）の新聞（しんぶん）の封（ふう）を切り、演芸欄（えんげいらん）を見ていたが、バレーでなしにオペラをやっているのを知ると顔をしかめた。3-39-3-23つづいて、人から聞いた歯磨（はみがき）の広告（こうこく）を化粧品（けしょうひん）の広告欄（こうこくらん）の中にさがしてみたが、それはどうしてもみつからなかった。3-39-3-24彼は、これらパリでもっとも読まれている三枚の新聞を次から次へと投げ捨てたあとで、ああ、と一つ大きなあくびをしてからつぶやいた。3-39-3-25「まったく新聞ときたらだんだんくだらなくなってくるな」。 （１）秘書官：リュシアン・ドプレー 3-39-3-26このとき、一台の小型の馬車が門前（もんぜん）に止まった。3-39-3-27しばらくすると、下僕はふたたび室にはいってきて、リュシアン・ドプレー氏の来訪（らいほう）を知らせた。3-39-3-28背（せ）の『すらり』としたブロンドの髪（かみ）をした青年、顔色は青白（あおじろ）く、落ちつきのある灰色の目、唇（くちびる）は薄（うす）く、冷（ひや）やかで、身（み）には彫（ほり）のある金（きん）ボタンのついた紺（こん）の燕尾服（えんびふく）を着（つ）け、襟（えり）飾（かざり）は白、絹紐（きぬひも）でつるした鼈甲（べっこう：ウミガメの一種であるタイマイの甲羅を加工して作った、装飾品の材料）縁（ふち）の片（かた）眼鏡（めがね）、それを時折（ときおり）、眉（まゆ）と頬骨（ほおぼね）の筋肉（きんにく）を動かしては、右の目の凹み（へこみ）にはめるのだった。3-39-3-29彼は、微笑（びしょう）もせず、黙（だま）ったまま、半（なか）ば儀式（ぎしき）張（ば）った態度（たいど）ではいってきた。 3-39-3-30「やあ、ドプレー・・・・きたな！」と、アルベールは言った。3-39-3-31「あまり時間どおりでびっくりした！3-39-3-32まったくもって正確（せいかく）だ！3-39-3-33いちばんおそく来ることと思っていたのに、十時十五分前にきたんだから。3-39-3-34しかも約束の時間は十時半だ！3-39-3-35奇蹟（きせき）だね！3-39-3-36内閣（ないかく）の瓦解（がかい）でもあったんじゃないか？」。 3-39-3-37「いや、」と、青年は長椅子のなかに体を埋（う）めて、「安心（あんしん）し給（たま）え、いつもぐらついてはいるけれど、引っくり返りもしないんだ。3-39-3-38半島（はんとう：スペインのこと）事件も完全にわれらの地歩（ちほ：社会や組織の中で占める自分の地位・立場）を固めてくれることだろうし、永久（えいきゅう）、辞職（じしょく）させられるおそれもないだろうと思い出した」。3-39-3-39「そうそう、カルロス（スペイン王）をスペインから追放（ついほう）しようというわけだったな」。 3-39-3-40「そうじゃない。3-39-3-41混同（こんどう）してくれては困るんだ。3-39-3-42われわれは、カルロスをフランスの国境（こっきょう）の向こう側から（スペインから）連（つ）れ戻してやろうと思ってるんだ。3-39-3-43そして、ブルージュで、王者（おうじゃ）の待遇（たいぐう）を与えてやろうというわけなんだ」。3-39-3-44「ブルージュって？」。3-39-3-45「そうさ、カルロスだってとやかくは言えまい！3-39-3-46ブルージュは、シャルル七世（ななせい）のときの首府（しゅふ）なんだ。3-39-3-47え？！君はそれを知らずにいたのか？3-39-3-48昨日（きのう）から、パリ中（じゅう）は大さわぎだ。 3-39-3-49それに、このことは一昨日（いっさくじつ）取引所（とりひきじょ）にまで洩（も）れてしまった。3-39-3-50というわけは、ダングラール氏が−−−どうも僕（ぼく）には、あの人がいつもどんな手段（しゅだん）でわれわれと同時（どうじ）に事実を嗅（か）ぎつけるのかわからないが−−−あの人が買方（かいかた）にまわって百万フラン（読者註：目安の試算で1,000,000Ｘ1,000＝１０億円）儲（もう）けたのさ」。 3-39-3-51「そして、君はどうやら、新しい勲章（くんしょう）を手に入れたらしいな。3-39-3-52ブローチ（著者註：勲章佩（はい、おびる）用針）に、青い綬（じゅ）が一つ増えたな」。3-39-3-53「うん！シャルル三世（さんせい）大勲章（だいくんしょう）をもらった」と、ドプレーは、なんでもないことのようにそれに答えた。3-39-3-54「どこを風が吹（ふ）くといったような顔をするなよ。3-39-3-55嬉（うれ）しいと言えよ」。3-39-3-56「やっぱり嬉しいとでもいっておくかな。3-39-3-57装飾品（そうしょくひん）としては、ボタンがけの黒（くろ）燕尾服に、大勲章も悪くないから。3-39-3-58あれは粋（いき）でね」。 3-39-3-59「それに、」と、ほほえみながらアルベールが言った。3-39-3-60「プリンス・オブ・ウェールズかライヒシュタット公（こう）とでもいったように見えるからな」。3-39-3-61「ところで、僕がなぜ早くやってきたのか、わかったろうな？」。3-39-3-62「シャルル三世大勲章をもらったからかい、その吉報（きっぽう）を知らせたいと思ってなのかい？」。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/5/30