（８）半年間続くお祭り

（８）ベニスのカーニバル 8-1だが、どれほど賢（かしこ）く運営したところで、8-2十八世紀に入れば自治都市共和制は8-3所詮（しょせん）時代遅れである。8-4さしものベネチヤ指導層も、8-5自身を失い始めていた。8-6「我々はもう陸上でも海上でも無力であり、8-7同盟国もなく、8-8ひたすら慎重（しんちょう）を旨（むね）としつつ、8-9運命のままに漂（ただよ）い流れていく」と、8-10総督パオロ・レニエルは告白せざるを得なかった。8-11「ひたすら慎重を旨としつつ」。8-12その内容はもちろん、8-13外に対しては妥協（だきょう）譲歩（じょうほ）平和の政策、8-14内に対しては警察体制による公安秩序の維持ということになる。 8-15だが十八世紀のベネチヤ警察体制は、8-16政治弾圧の手綱（たづな）を締（し）めれば締めるほど、8-17風俗（ふうぞく）の取締りを緩（ゆる）めた。8-18快楽（かいらく）が抑圧（よくあつ）を代償（だいしょう）し、8-19体制の存続を助ける。8-20ベネチヤ支配層はこの秘密を知り抜いていた。8-21そしてそれがこの町をヨーロッパの8-22「快楽の首都」たらしめたのだ。8-23フランスの文人グダールは8-24ベネチヤを訪れて一驚（いっきょう）を喫（きっ）し、8-25「この町ではすべてがショーであり、8-26娯楽（ごらく）であり、8-27官能（かんのう）である」と書いた。8-28誰も彼もが遊んでばかりいるので驚いたのだ。8-29「ヨーロッパのどの国でも、8-30カーニバルは数日で終る。8-31ところがここでは、8-32六ヶ月間も狂気じみたお祭騒ぎが続く」。 8-33暦（こよみ）をどう操作したかは分らないが、8-34十八世紀ベネチヤでカーニバルが半年にわたったのは事実だ。8-35何しろ、十月の第一日曜日に始まるのである。8-36途中で中断されることはされるが、8-37その間にクリスマスと新年が盛大に祝われる。8-38四旬節（しじゅんせつ：復活祭の前４０日（日曜日を除く））になると、8-39信仰のためというよりむしろ疲労のため、8-40カーニバルを中休（なかやす）みにするが、8-41そこで元気を取り戻してまた熱狂的なお祭騒ぎに没頭（ぼっとう）することになる。 8-42聖者（せいじゃ）と記念日が総動員され、8-43共和国の暦（こよみ）は祝祭日で埋（う）まった。8-44いったいいつ仕事をしたのか疑問なほどだ。8-45主要な祝祭には、8-46総督（そうとく）がサン・マルコ広場でパレードを主宰（しゅさい）する。8-47絹（きぬ）とビロードずくめの豪奢（ごうしゃ）な装束（しょうぞく）の総督の前を、8-48銀色のユニフォームの喇叭手（ラッパしゅ）が先導し、8-49高位（こうい）聖職者と貴族のお歴々（れきれき）が8-50これも精一杯（せい・いっぱい）めかして後に続く。8-51豪華な服装、8-52大きな身ぶり、8-53荘重（そうちょう）な歩み、8-54目を奪う挙動（きょどう）、8-55いずれも観客を意識した所作（しょさ：その場に応じた身のこなし）で、8-56大衆も熱狂をもって応える。8-57聖堂も広場も運河も、8-58すべてがバロック的な「劇場空間（げきじょう・くうかん）」となった。

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2014/9/1、2016/3/2 （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 通称：オリジナル教会