（７）最高軍事機密

　（７）最高軍事機密

（７）潟の課題（海水の制御）
7-1今度も治水官（ちすい・かん）はまなじりを決して工事に臨（のぞ）んだ。7-2まず、キオッジャとリドの水路の外側に7-3「ムラッツイ」と呼ばれる緩衝的（かんしょう・てき）な防波堤（ぼうはてい）を築く。7-4これは水没部分（すいぼつ・ぶぶん）が階段状に設計され、7-5潮流（ちょうりゅう）がその部分に衝突してエネルギーを失うように工夫（くふう）されている。7-6材料にはイストリア産の石材（せきざい）が用（もち）いられた。7-7この石材だけが鹹水（かんすい：塩水）の腐食作用に耐えることを、7-8彼らは経験から知っていたのだ。

7-9第二に、三つの水路を潮（しお）のお出入りに必要な最小限度に狭（せば）め、7-10三つの海への門を一つの深い大運河（だい・うんが）に沿（そ）わせないで、7-11狭くて浅い小運河網と関連させ、7-12海水の潟への流入に抵抗を与える。7-13だが、こうすると、船舶（せんぱく）の出入りにも大きな大きな抵抗が生じる。7-14吃水線（きっすい・せん：船が水上に浮かんでいるとき、水面から船底までを垂直にはかった深さ）を下げるために軍船はポーラで大砲を積み、7-15商船はリドで貨物を積むことにしたが、7-16それでも潟に入るには高度に熟練した舵手（だしゅ）を要した。7-17毛細管（もうさいかん）のような小運河網を通って出入りする水の運動は、7-18あたかも肺に出入りする血液の運動のように、7-19複雑細微（ふくざつ・さいび）を極（きわ）めていたのだ。

7-20このようなデリケートな環境を守るためには、7-21安定した強力な体制がどうしても必要であり、7-22論客よりも技術者を尊重しなければならないのである。7-23環境保全のために共和国は費用と刑罰を惜（お）しまなかった。7-24どんな身分の高い者でも、7-25許可なしに潟に柱を立てた者はただちに投獄された。7-26「誰であれ、7-27水利（すいり）の専門知識なしに潟の現状に干渉（かんしょう）した者」には7-28巨額の罰金を課すと、7-29当時の元老院（げんろういん）政令（せいれい）で決まっていた。7-30潟こそは古代以来、7-31ベネチヤを外敵から守る最高の防壁で、7-32この水の鉄壁（てっぺき）あればこそ、7-33首都（しゅと）の安全を確信して遠洋（えんよう）に雄飛（ゆうひ）することができたのである。

7-34だから、潟の水利や海図（かいず）は最高の軍事機密（きみつ）に属し、7-35「黄金の書」にリストアップされた特権身分以外の者にその知識は得られない。7-36彼らの権力独占が長期にわたり、7-37しかも非常に安定していたのも道理である。7-38「十人委員会」を頂点（ちょうてん）とする警察＝諜報（ちょうほう）体制が世界のどの国より完備していたのも、7-39その機密保持の必要性と密接（みっせつ）に関連している。7-40十人委員会は国の内外の情報を豊富かつ正確に掴（つか）み、7-41その情報力が外に対しては困難な状況の中で共和国を生き残らせることとなり、7-42内に向かっては政治を保守的に安定させる基盤となっていた。

「7-22論客よりも技術者を尊重」
（ソクラテスの弁明）プラトン
（８）自らはあるがままで
8-1最後に私は手工業の許におもむいた。8-2それは、私が、私自身はいわば何事をも知らぬことを自覚していたのに、8-3彼らはこれに反して多くの好き事を知っていることを発見するだろうと信じていたからである。8-4ところがこの点において私は誤らなかった、8-5彼らは実際私の知らぬことを知っていた、8-6この意味において彼らは私よりも知者であった。8-7とはいえ、アテナイ人諸君、私には、これらの良き手工業者もまた詩人と同様の過誤に陥っているように見えた。

8-8思うに、彼らは皆、その業とせる技芸に熟練せる故をもって、8-9他の最も重大な事柄に関しても最大の識者であると信じていた、8-10しかも彼らのこの謬見（あやま・る、びょうけん）が彼らの具（そな）えていた知恵に暗影を投げていたのである。

8-11それで私は神託の名において自ら問うた。8-12彼らの如き知恵をも彼らのごとき愚昧をも持たずに自らあるがままにあるのと、8-13彼らの持つところを二つながら併せ持つのと、8-14私はいずれを選ばんとするか、と。8-15そこで私は、私自身と神託とに対して、8-16自らあるがままにある方が私のためにも好い、と答えたのであった。

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2014/9/1、2016/ （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義
通称：オリジナル教会