（２０）山里の老カサノバ

（２０）山里の老カサノバ 20-1これが最後の災厄（さいやく）を彼にもたらした。20-2この詩の中で、20-3さる有力（ゆうりょく）貴族が実は私生児（しせいじ）であることを暴露したのがまずかった。20-4大騒ぎが巻き起こり、20-5牢獄（ろうごく）へぶち込まれずにいたければ出奔（しゅっぽん）する以外（いがい）に手段はなかった。20-6涙ながらにフランチェスカと別れて逃亡（とうぼう）した彼は、20-7二度と故郷の町へ帰ることがなかった。20-8初老（しょろう）の彼はまたヨーロッパ各地（かくち）を漂浪（ひょうろう）する身となり、20-9最後はボヘミヤの山城（やまじろ）に落ち着いた。 20-10ウィーンにいた頃、20-11フォン・ワルトシュタイン伯爵（はくしゃく）と知り合いになり、20-12自分の領地の城で司書（ししょ：図書館で、一定の資格をもち、書類の整理・保管・閲覧などの事務に従事する人）を勤める気はないかと誘われて、20-13その話に飛びついたのである。20-14そのドウクス城（じょう）は山の中、20-15女気（おんなぎ）もなく友もない浮世（うきよ）離れした生活だ。20-16だが、生涯最後（さいご）の十三年を彼はここで司書として過した。20-17彼がこの世で就（つ）いたただ一つの正業（せいぎょう）であった。 20-18仕事は暇（ひま）で、20-19本を読み、20-20「回想録（かいそうろく）を書いておればよかったが、20-21賓客（ひんきゃく）を迎える時は台所（だいどころ）へ追いやられ、20-22女中（じょちゅう）や下男（げなん）と一緒に食事させられた。20-23プライドを捨て切れない元プレイボーイには、20-24この田舎（いなか）の生活（せいかつ）は何から何まで癪（しゃく）に障（さわ）ることばかりだった。20-25伯爵の叔父に当たるリヒネ公爵（こうしゃく）の証言を聞こう。 20-26「コーヒーやミルク、20-27それに日に一度は食わずに済まされないと言うマカロニについて、20-28そのベネチヤ人の司書が不平（ふへい）を言わぬ日はなかった。20-29料理人はデザートのポレンタをつけないし、20-30馬丁（ばてい：馬の世話や口取りを職業とする人）はろくな馬車をよこさない。20-31犬は夜中（よなか）にやかましく吠（ほ）えるし、20-32不意（ふい）に客があると台所（だいどころ）へ追いやられる。20-33角笛（つのぶえ）吹きは下手（へた）くそで彼の小太鼓（こだいこ）に合わさない、等々（とうとう）。 20-34教区（きょうく）司祭（しさい）はうるさく説教（せっきょう）して彼を怒らせた。20-35伯爵は自分の方から先に挨拶をしなかった。20-36わざと熱すぎるスープが彼に配（くば）られた。20-37伯爵は彼に無断（むだん）で図書（としょ）を他人に貸した。20-38召使（めしつか）いの一人が帽子（ぼうし）も取らずに彼の前を横切った。20-39こんな文句（もんく：苦情）が絶えず彼の口をついて出た。 20-40彼がドイツ語を喋（しゃべ）ると誰にも通じなかったので、20-41彼はひどく不機嫌になったが、20-42そんな彼をあざ笑う者もいた。20-43部屋（へや）に入る時にするお辞儀（お・じぎ）は、20-44六十年前に彼が高名（こうめい）な舞踏家（ぶとうか）マルセルから教（おそ）わったものだが、20-45それも嘲笑（ちょうしょう）の対象（たいしょう）となった。20-46メヌエット（ゆるやかなリズムのフランス舞曲）を踊（おど）る彼の足どりも、20-47周囲の微笑（びしょう）を誘った。 20-48正装（せいそう）の場合には、20-49金糸（きんし）の刺繍（ししゅう）のある上着（うわぎ）の下に黒ビロードの胴着（どうぎ）を着込み、20-50白い羽根（はね）飾りのついた帽子をかぶって出てくるので、20-51それがおかしいと笑う者もいた」。 20-52彼は掃（は）き溜（だ）めの鶴（つる）のつもりでいたろうが、20-53彼の自慢話（じまん・ばなし）を半信半疑（はんしん・はんぎ）で聞く田舎の人々には、20-54駑馬（どば）にも劣る老麒麟（きりん）と映ったに違いない。20-55それに時代と風俗（ふうぞく）は大きく変わり、20-56その変化はこんな山里にも多少の反響はもたらしていた。20-57過去の栄光の思い出の中にのみ生きていた老カサノバは、20-58それに全然気がつかなかったのである。

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ベートーベンのパトロンらしいから、違うかも・・・

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2014/9/1、2016/3/5 （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 通称：オリジナル教会