（１８）逃亡生活 （１８）逃亡生活
| （１８） 18-1西暦１７６３年、18-2ロンドンに行った時には、18-3運命の女神はカサノバに背を向けていた。18-4英国は政治社会体制が大陸より一歩進んでいたから、18-5啓蒙主義の大騒ぎはあり得なかった。18-6むしろ英国がボルテールに影響を与えて、18-7啓蒙主義を生み出したのである。18-8世界の富はしだいにこの国に集まりつつあり、18-9すでに産業革命が始まって、18-10工場制（こうじょう・せい）大工業（だい・こうぎょう）の時代に入っている。18-11ジェームズ・ワットの蒸気機関の発明で18-12頂点に達する技術革新が、18-13産業革命を大きく加速する。18-14急激な経済発展の中でさまざまの矛盾（むじゅん）が露呈（ろてい）し、18-15社会は混乱していたが、18-16国に溢（あふ）れる活力は若々しかった。 18-17その首都ロンドンは、18-18カサノバにとって居心地（いごごち）のよい町ではなかったようだ。18-19ここでも富くじの発行を企画したが、18-20英国はフランスではなく、18-21柳の下に泥鰌（どじょう）は二度いなかった。18-22そのうえ事もあろうに、18-23何百人もの女性を手玉（てだま）に取ってきた彼が、18-24ロンドンの一娼婦（いちしょうふ）に翻弄（ほんろう）され、18-25たんまり金を搾（しぼ）り取られた上に18-26捨てられるという惨（みじ）めなことになった。 18-27女恋（おんなこい）しさよりも18-28色豪（しきごう：プレイボーイ）のプライドを傷つけられたショックで、18-29テムズ川へ飛び込もうとしたほどである。18-30思い直して賭場（とば）に足を向け、18-31運試しに大きく張って勝ったのはいいとしても、18-32手に入れたのが偽造（ぎぞう）小切手（こぎって）だったからさんざんだ。18-33ほうほうの体（てい）で英国を後にしなければならなかった。18-34いつのまにか悪性の性病も移されていた。 18-35その後は東欧（とうおう）諸国を遍歴（へんれき）し、18-36交際と見聞を広げたものの、18-37詐欺師（さぎし）、18-38スパイとしての悪名（あくみょう）がすでに知れ渡っていて、18-39どこにも腰を落ち着けることができなかった。18-40そろそろ自分の年齢を考えねばならなかった。18-41いくら希代（きたい）のプレイボーイでも、18-42中年（ちゅうねん）の放浪者に若い頃のカサノバの光り輝くような魅力はない。 18-43そぞろベネチヤへ帰りたくなったが脱獄（だつごく）逃亡（とうぼう）の身である。18-44恩赦（おんしゃ）を得るには18-45脱獄と同じ根気（こんき）のよい計画と18-46不屈（ふくつ）の意志が必要だった。18-47こうして一代（いちだい）の蕩児（とうじ：酒や女遊びにふける者）カサノバは、18-48機（き）を窺（うかが）って五年間イタリヤ各地をうろついた。18-49ナポリでは昔の恋人に再会した。18-50彼女には娘がいたが、18-51その娘レオニルダは実は18-52カサノバの子なのであった。18-53その子も今は幸福な人妻になっていたが、18-54成長した我が子と対面してカサノバの心は複雑だった。18-55それに、その娘の若い夫に無心（むしん：あつかましく金品をねだること）しなければならないほどの18-56尾羽（おは）打ち枯（か）らした状態だった。 18-57正業（せいぎょう）もないままトリエステで辛抱（しんぼう）強く恩赦の工作を続け、18-58待ちに待った通行許可証が届いたのは１７７４年の秋だった。18-59この年ジャコモ・カサノバは四十九歳。18-60十八年ぶりに見る故郷ベネチアの懐かしい風景は、18-61昔と少しも変わっていなかった。18-62変わらな過ぎたという方がいいかも知れない。18-63ロンバルディアやトスカーナでは、18-64啓蒙主義的な改革が行われて、18-65新時代へ向けて活性化し始めていたのに、18-66ここベネチヤでは相変わらず歓楽の首都であり続けていたからだ。 18-67潟（がた）の大工事も、18-68三十年を経てまだ完成していなかった。18-69人情も変わらず、18-70旧友は彼を大いに歓迎し、18-71奥方連は争って彼を閨房（けいぼう：寝室）に迎え入れたが、18-72彼は昔の彼ではなかった。 |
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| 2014/9/1、2016/3/5 （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会代表 笹倉正義 通称：オリジナル教会 |