（１７）芸術観の対立

17-1もっと後のことだと思われるが、17-2こんな有名な話がある。17-3ある日レオナルドは友人とフィレンツェの町を散歩していた。17-4膝（ひざ）まである薔薇（ばら）の長いチュニックを着、17-5その胸にはよく手入れをした長い髭（ひげ）が渦巻いていた。17-6サンタ・トリニタ聖堂の近くに来ると、17-7何人かの市民がダンテの詩について議論をしていた。17-8彼らはレオナルドを呼び止めて、17-9その詩の一説の説明を求めた。17-10ちょうどそこへミケランジェロが通りかかるのを見たレオナルドは、17-11「それならあのミケランジェロ君に説明してもらった方がいい」と言った。

17-12彼は詩には縁がなかったし、17-13ミケランジェロがポリツイアーノの薫陶（くんとう）を受けて詩に詳しいことをよく知っていたから、17-14別に他意はなかったのであろう。17-15ところがミケランジェロは、17-16馬鹿（ばか）にされたと思い込み、17-17喧嘩（けんか）腰になって喚（わめ）いた。17-18「あんたが自分で説明すればいいでしょうよ。17-19騎馬銅像の型だけ作って鋳造ができず、17-20中途（ちゅうと）で仕事を投げてしまった恥ずべき美術家のあんたがさ」。17-21そう言うとくるりと背を向けて歩き出した。

17-22騎馬像制作の中断はレオナルドの責任ではないが、17-23作品制作にさんざん時間をかけて依頼者を悩ませ、17-24結局未完成のままに放り出すことの多かったのは確かで、17-25この言葉はレオナルドの心に突き刺さったに違いない。17-26彼は黙って立ちすくみ、17-27怒りで顔が真っ赤になった。17-28そこへ追い打ちをかけるように、17-29ミケランジェロが振り向いて悪態（あくたい）をついた。17-30「それに、あんたにあんな大仕事ができると思ったミラノの連中も、17-31馬鹿としか言いようがないねえ」。17-32自分が傷つくまいとして他人を傷つけ、17-33次から次へと敵を作る偏屈な性格は、17-34相変わらずだった。

17-35レオナルドとミケランジェロの対立は、17-36単に個人的性癖（せいへき）の差に起因するものでｊはない。17-37芸術観そのものが、17-38和解しがたく異なっていたのだ。17-39レオナルドにとっては、17-40芸術は「探求」であり、17-41その探求の対象は「自然」である。17-42自然の奥深く分け入り、17-43そこに潜む根源的な力と原理の把握（はあく）に向かうことである。

17-44ミケランジェロにとって芸術は「表現」であり、17-45表現されるものは「理念」である。17-46自然の素材の中に理念は閉じ込められており、17-47芸術家の手によって開放されるのを待ち望んでいる。17-48自然の素材から余計なもの、17-49粗雑で偶然的な要素を取り除くこと、17-50それが芸術家の仕事である。17-51ブルネレスキに始まり天才ピエロ・デラ・フランチェスコによって完成された17-52あの抽象的（ちゅうしょうてき）・数学的な十五世紀美術の空間把握に対しては、17-53両者ともに対立するが、17-54その方向はまったく逆である。

17-55レオナルドは制作をしばしば中断して観察と思考を重ね、17-56新しい要素を付加し、17-57構成を修正する過程を繰り返す。17-58ミケランジェロはその逆に、17-59素材の中に理想のイメージを発見するや、17-60一気呵成（いっき・かせい）にそれを彫り出そうとする。17-61「石の中に人が閉じ込められている」と、17-62なぜそんな物凄（ものすご）い勢いで彫り刻むのかと問うた人に彼は答えた、17-63「早く出してやらないと窒息（ちっそく）して死んでしまう」。17-64彼にとって芸術の本質は「取り除くこと」にあったので、17-65それゆえに彫刻が最も優れたジャンルであると信じていたのである。17-66だがレオナルドにとっては芸術の本質は「付加する」ことにあったから、17-67石を彫るなど「粉塵にまみれた肉体労働」でしかなく、17-68絵画こそが最高のジャンルなのである。

17-69両者ともに実地（じっち）に人体（じんたい）解剖（かいぼう）を経験して多くの知識を得たが、17-70レオナルドにとって、それは生命という神秘的な現象の理性的把握に近づくためであり、17-71ミケランジェロにとって、それは理想のイメージを肉眼で見る助けとするためであった。17-72両者は互いに相手の天才を熟知しながら、17-73根本的には相手を軽蔑しあっていた。
 
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謝辞ミチオ・自己研鑽資料
2016/1/28 （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義
通称：「オリジナル教会」　「ささくら修道会」
2017/2/19