ローマ帝国の「パンとサーカス」

ローマ帝国の「パンとサーカス」

ローマを焼きキリスト教徒を見世物にして虐殺した第五代ローマ皇帝ネロは、西暦６８年、反乱軍からの逃亡中に死んだ。まだ三十歳そこそこの若さだった。ネロの死去を受けて、ガルバ、オト、ウィテリウスと一年の間に三人が皇帝になった。

翌６９年、ウェスパシアヌスが第九代皇帝に即位した。皇帝ウェスパシアヌスは、人心を掌握することと、ローマ帝国再建のために、有効な手を打つ必要があった。
　

　
ネロが失脚したのは、ローマを焼いたためでも、放火犯としてキリスト教徒を大量虐殺したためでもなかった。ネロは、市民には十分なパンを与え、巨大な仮設舞台を建設して、市民に処刑を見物させた。大勢一度に処刑したため、刑場はキリスト教徒の礼拝場の様相を呈して、市民は興ざめしたと聞いた。しかし、パンと見世物のおかげで、「放火犯はキリスト教徒ではなくネロだろう」と思った市民も、ネロを失脚させようとはしなかった。軍による反乱が起こったのは、ネロが芸術に没頭して、政治をかえりみなかったためだ。

ここに人心掌握のヒントがある。そういえば、「カエサル・シーザーは、パンとサーカスで市民の人気をとった」という故事をウェスパシアヌスは思い出した。ローマに巨大なスタジアムを建設して、剣闘士（グラディエーター）同士を戦わせ、あらゆる階層の市民を招いて、見物させよう。それで、市民の心をひとつにできる。

ローマには、帝国内を結ぶための堅牢な道路建設、山からローマに水を引くための水道架橋建設の技術があった。ウェスパシアヌスは、見物客５万人収容の闘技場「コロッセオ」建設を命じた。西暦７９年、皇帝ウェスパシアヌスは、コロッセオの完成を目前にして、死去した。

その子のティトウスが帝位に就いた直後、コロッセオが完成し、その威容がローマに姿を現した。コロッセオは、それを仰ぎ見る人々を圧倒した。コロッセオは、舞台装置にしても、技術の粋をこらした建造物であった。西暦７９年のベスビオス火山の噴火、ローマの火災などにもみまわれたが帝国は揺るがず、皇帝ウェスパシアヌスが用意したパンとサーカスは、よくその目的を果たしたのであった。

なお、西暦６６年には、ユダヤ戦争が起こり、７０年にはエルサレムが陥落した。この戦争の軍司令官ウェスパシアヌスとその子のティトウスであった。キリスト降臨を完成させ、キリスト教の母胎となったユダヤ教の聖地は、ここに滅んだ。
　