（１７）愛智者

17-1アテナイ人諸君、諸君が私の指揮者として選任した上官が私に指定した持場には、17-2ボティダイヤでもアンフィポリスでもまたデリオンでも、17-3他の何人にも劣らずこれを固守して死の危険に面した私であるのに、 17-4今もし神から受けた−−−と自ら信じかつ思っている−−−持場を、17-5換言すれば愛智者として生き自己ならびに他人を吟味することを、17-6死もしくはその他の危険の恐怖のために抛棄（ほうき）したとすれば、17-7私の行動は奇怪しごくというべきであろう。17-8これこそ奇怪しごくであり、17-9実際その時こそ人は正当の理由をもって私を法廷に引出すことができよう。 17-10私は神託に従うことを拒み、17-11死を懼（おそ）れ、17-12従ってまた自ら賢ならずして賢人顔するが故に、17-13神を信ぜぬ者ということになるからである。 17-14なぜなら死を恐れるのは、自ら賢ならずして賢人を気取ることに他ならないからである。17-15しかもそれは自ら知らざることを知れりと信ずることなのである。 17-16思うに、死とは人間にとって福の最上なるものではないかどうか、17-17何人も知っているものはない、17-18しかるに人はそれが悪の最大なるものであることを確知しているかのようにこれを怖れるのである。17-19しかもこれこそまことにかの悪評高き無知、17-20すなわち自ら知らざることを知れりと信ずることではないのか。 17-21しかしながら、諸君、私は恐らくこの点においてもまた大多数の人と違っているのである。17-22そうして私がもしいずれかの点において自ら他人よりも賢明であるということを許されるならば、17-23それはまさに次の点、すなわち私は冥府（めいふ：ハデス）のことについては何事も録（ろく）に知らない代わりに、17-24また知っていると妄信してもいないということである。 17-25しかし、不正を行うことと、17-26それが神であれ人であれ、17-27およそ優れた者に従わぬことが、17-28悪にして恥辱なことを私は知っている。17-29それで、私は、それが悪であると知っている悪の代りに、17-30それがあるいは福であるかも知れないようなことを、17-31決して恐れたり避けたりはしないであろう。 17-32従ってたとい諸君が今回は私を放免して、17-33、「諸君は最初からソクラテスを法廷に引出すべきではなかったか、17-34もしくは、一旦（いったん）引出した以上は、断じて彼を死刑に処すべきかのいずれかを選ぶべきである、 17-35何となれば、彼にして今放免されるならば、17-36諸君の子弟は直ちに彼の教えを実行して、17-37一人残らず徹頭徹尾腐敗するに至るであろうから」、17-38といったアニュトスの意見に聴従することを拒否するとしても、−−−17-39もし諸君がこの言葉に対して、17-40「ソクラテスよ、私達は、今回は、アニュトスの言にい聴かずにお前を放免しようと思う、17-41しかしそれには条件がある、 17-42お前は今後あのような人間吟味に従事せず、17-43知恵の愛求に努めることをやめなければならない、17-44もしこれに反してお前が今後もそれをやっている現場で捉（とら）まったら、17-45その時お前は殺されなければならない」17-46と私に宣告したとすれば、−−−17-47もし諸君にして、ちょうど今いったような条件の下（もと）に私を放免しようとするのならば、17-48私は諸君に向ってこういうの外はないであろう。17-49「アテナイ人諸君よ、私は諸君を尊重しかつ親愛する者であるが、17-50しかし諸君に従うよりもむしろいっそう多くの神に従うであろう。 17-51そうして私の息と力との続く限り、17-52知恵を愛求したり、17-53諸君に忠告したり、17-54諸君の中のいかなる人に逢っても常に次の如く指摘しつつ、17-55例の私の調子で話しかけたりすることをやめないであろう。 17-56『好き友よ、アテナイ人でありながら、17-57最も偉大にしてかつその知恵と偉力との故にその名最も高き市の民でありながら、17-58出来る限り多量の蓄財や、17-59また名聞や栄誉のことのみを念じて、17-60かえって、知見や真理やまた自分の霊魂を出来得るかぎり善くすることなどについては、17-61少しも気にかけず、17-62心を用いもせぬことを、17-63君は恥辱と思わないのか』と」。 17-64そうしてもしその時諸君のうちの誰かが、7-65これに抗議して、17-66自分はそれを気にかけていると主張するならば、17-67それでも私はすぐには彼を放さずまた自分もそこを動かずに、17-68彼に質問し、17-69彼を精査しまた厳しく試問し、17-70そうしてもし彼が徳（アレテー）を持たずして持つと主張すると私が認めたならば、17-71私は、彼は最も貴きものを最も価値なきものと做（みな）し、17-72かえって価値少なきものの方を高く評価するといって彼を非難するであろう。 17-73私はいやしくも逢う人ごとに、17-74老人にも青年にも、17-75異邦人にも同市民にも、17-76そういう態度をとるであろう。17-77しかもなかんずく市民諸君に対しては、17-78諸君は血統上私にいっそう近い者であるから。 17-79なぜかといえば−−−この事を私は断言する−−−17-80それは神の命じたもうたところであるからである。17-81そうしてまた私は信じている、17-82神に対する私のこの奉仕に優るほどの幸福が、17-83この国において諸君に授けられたことは未（いま）だかつてなかったことを。 17-84けだし私が歩き廻りながら鞅掌（おうしょう：休む暇もないほど忙しく働くこと）するところは、17-85若きも老いたるも、17-86諸君のすべてに向って、17-87身体と財宝とに対する顧慮（こりょ：あれこれ心を配って考えること）を、17-88霊魂の最高可能の完成に対するそれよりも先にし、17-89またいっそう熱心に、することがないように勧告すること、 17-90また、徳が富から生ずるのではなくて、17-91むしろ富および人間にとっての一切の善きものは、17-92私的生活においても公的生活においても、17-93徳から生ずる旨を附言することに外ならないからである。 17-94もし私がかくの如き言葉によって青年を腐敗させているのならば、17-95それはたしかに危険というべきであろう。 ---有閑青年を腐敗させるのは、ソクラテスの外的行為をまねして、他人を吟味することにある。それを危惧している。徳というあいまいなものは、練達したソクラテスにはいざ知らず、青年が用いるには未熟である。徳にそれを規定する文書があれば別だが。そうすると、それは結論を持っており、布教が必要になる。そのような「労働」は、ソクラテスの忌み嫌うところに違いない。 17-96しかし私がこれと違ったことを教えると主張する者があるならば、17-97それはまったく事実無根（じじつむこん）である。17-98して見れば、アテナイ人諸君よ、私はただこういうより外はないのである、17-99諸君はアニュトスの言に従うもよし従わぬもよし、17-100また私を放免するもよし放免せぬもよし、17-101いずれにしても私は、決して私の行動を変えないであろう、17-102たとい幾度死の運命に脅かされるにしても。 ---ソクラテスには死の恐怖があり、また、自分のアイデンティティというか存在理由に対する執着がある。智恵問答という他流試合を考案した開祖としての地位は捨てがたい。しかし、日本では、修験者や禅僧が、自分達の間で問答をしている。つまり、問答は、修行者間での、礼儀と作法をもって行われた。知恵者ぶっている民間人や神官、公家はいたが、修行者たちが、彼らに問答を仕掛けることはなかったのである。ソクラテスは、作法、礼儀というものを理解できなかったのだろう。そちらの方面の発達がなかったのだろう。

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2014/10/19 （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会代表　笹倉正義 通称：オリジナル教会